![]() ― 翌・某月某日、昼休み ― 見回した屋上は誰もいない。珠紀が一番乗りだ。しばらくすれば皆上がってくるだろう、といつもの場所に腰を下ろす。 青く晴れ渡る空と柔らかな陽光、吹き抜ける風は少し冷たいが、却って心地よいくらいだった。胸いっぱいに清々しい空気を吸い込んで、深呼吸をする。なんだかとても気持ちが良い。 膝の上の包みに目を落とし、珠紀は我知らず微笑んでいた。 「なんだか、嬉しそうですね」 ふいに掛けられた声に顔を上げると、慎司がにこにこと珠紀を見下ろしている。 「何かいいことでもあったんですか?」 「え、そ、そう?」 喉から出た声の調子が不自然にひっくり返ってしまったのは、そこらへんの美少女顔負けの笑顔の所為だけではないだろう。慌てている自分に驚きながら、珠紀は笑顔を作る。 「別にそんなことないけど…」 「そうですか?」 「そう、そう」 慎司はちょっとだけ不思議そうな顔をしたものの、それ以上追求しようとしなかった。何かに気づいたのか、視線を上げて背後を振り返った。珠紀もつられて意識をそちらに向けると、少しばかりの喧騒と共に階段を上がってくる足音が聞こえてくる。 程なくして現れた人影――拓磨、真弘、祐一は慎司と珠紀の挨拶に三者三様の返事をし、それぞれの適当な場所に座った――真弘を除いては。 珠紀の側に立っていた慎司は、何事もなかったように少し距離を置いて珠紀の隣に座った。そして真弘はその反対側、珠紀の隣にやはり少しばかりの距離を置いて座る。 昼休みは昼食の時間だ。いつものように拓磨も、祐一も、慎司も、真弘も、食べ始める。それを見て珠紀はおもむろに膝の上の包みを開いた。 あれ?という声が聞こえたような気がする――空耳かもしれないが。 ふと視線を感じたような気がする――勘違いかもしれないが。 皆の顔に意外そうな表情が浮かんだ気がする――自意識過剰かもしれないが。 いや、気のせいではない…と珠紀は思う。他はともかく、真弘はあからさまに「意外そう」な顔をしている。 それもそのはず、いつもなら珠紀の弁当は美鶴のお手製で。すなわち、それはプロ顔負けの芸術ともいえる弁当を意味する。美鶴は守護五家の皆、特に拓磨が御相伴に預かることを念頭に置いているのだろう。手の込んだおかずの量も若干多めになっている。 美鶴には申し訳ないが、率先して珠紀の弁当を掠めていくのは拓磨ではなく、真弘だった。つまり珠紀の弁当を一番チェックしているのも真弘ということだ。 そして、今現在、珠紀の膝の上に広げられているお弁当は、どうみても普段のものとは違っている。家庭的というか、庶民的というか、有り体に言えば「やきそばパン」だった。 付け加えるならば、テーブルロール位の大きさのコッペパンが6個は、珠紀一人分にしてはずいぶんと量が多い。 意外そうを通り越して不審そうな表情へと変わりつつある真弘の視線に、珠紀は溜まらず口を開く。 「な、な、な、なに?」 「それ、どうし……」 「わぁ!美味しそうですね、珠紀先輩が作ったんですか?」 真弘の言葉を遮って、大人しい慎司が珍しく会話に割り込んでくる。それで珠紀の意識は真弘から慎司へと移る。 「あ、うん」 一同の視線が集まる中、珠紀は頷くことで慎司の言葉を肯定するのが精一杯だった。変に意識しすぎているというか、妙に恥ずかしいというか、頭に血が上ってしまい言葉を先に続けられない。 「ヤキソバパン…ですよね? こっちは?」 指差しているのはオレンジ色の物体が挟まったパンだった。慎司は自作の弁当を持ってくるだけあって料理に興味があるのだろう。今広げている弁当を見ても珠紀などよりよっぽど料理上手なのではないかと思うのだが。 説明するほどのものじゃないけど…と前置きしてから、珠紀は一つずつ解説を始める。作ってきたのは三種類。一つ目は普通のヤキソバパン、ソース味でキャベツと豚肉がメインの具。二つ目は中華風ヤキソバ、麺は同じだがオイスターソース味で長ネギと牛肉を入れている。三つ目は洋風、厳密に言うならナポリタンパンで、ケチャップ味のスパゲティにピーマン、タマネギ、ハムなどが入っている。 「へぇ…凝ってますね」 感心したように相槌を打つ慎司に説明しながら珠紀は恥ずかしくなってくる。もう少し栄養のバランスを考えてサラダやおかずを作ってくるべきだった。普通のサンドウィッチならともかく、炭水化物ばかりのヤキソバパン3種なんて…と。 「これじゃ、ちょっとバランス悪いよね」 「そんなことないと思いますよ、ちゃんと野菜や肉が入ってるし」 「そうかなぁ」 「足りないと思う分は他の食事でとればい……」 「……おい!」 そのまま料理談義に発展しそうなところへ、ぶっきらぼうな声が割って入る。驚いた珠紀が声の方を振り返ると不機嫌そのものの真弘と目が合った。 「真弘先輩は仲間外れ嫌いすから」 なんで…と、珠紀の疑問が形になる前に答えが聞こえた――拓磨だった。 ぽそりと漏らした呟きを聞き逃さず、真弘は鋭い視線を投げつける。けれど、当の拓磨はどこ吹く風で、隣に座る祐一とうんうんと頷きあっている。慎司はといえば、驚いた風も無くにこにこと三人を眺めている。 「おまえらっ…!」 「先輩、そんなに大きな声を出して…珠紀先輩がびっくりしてますよ」 不本意な展開に思わず大声を上げた真弘を慎司がたしなめる。年齢だけを見るならここにいる中では真弘が最年長で、慎司が最年少なのだが、そこは性格というか、仲間内での役割というか。 「…ったく!」 返す言葉がなくて真弘はぷいっと慎司から顔をそむけた。そこで、驚いた顔で自分を見ている珠紀と再び目が合う。 |